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 NTTドコモ広島商工ビル 広島県広島市西区商工センター















NTTコムウェア広島ビルが並び建っています。参考:コムウェアビル一覧






















      





      










ドコモ広島商工ビル脇のパラボラアンテナと記念碑。





電電公社より受けつがれてきた歴史の証人。





 このパラボラアンテナは英国のSTC社で製作されたもので、マイクロウェーブの優秀機としてわが国に輸入されました。そして昭和三十一年四月一日、大阪、広島、福岡間のマイクロウェーブ回線の開通に重要な一役をはたすため、広島統制無線中継所などに設置されたました。それから十年の長い間、テレビジョンや電話の中継に活躍し、わが国のマクロウェーブの発展に大きく貢献してきました。
 その後、日本のマイクロウェーブ技術のめざましい開発により、いまでは諸外国をしのぐ優秀な国産の機器が次々と実用化されましたのでこの一時代を画したパラボラアンテナもついに姿を消すことになりました。
 よって、ここゆかりの広島統制無線中継所のふもとにこのパラボラアンテナを建て、マイクロウェーブ発展の歴史と、日々えいえいとその保守運営にたずさわってきた職員の努力をしのび将来の発展のよすがといたします。
昭和四十一年三月 日本電信電話公社





パラボラアンテナの記念碑
 無線通信の歴史は1895年マルコーニの無線電信の発明から始まりました。その後の無線技術の発明から始まりました、その後の無線技術のめざましい発展により、日本電信電話公社発足から間もない昭和27年(1952年)にマイクロウェーブによる大容量の通信回線の建設が進められ、市外電話やテレビ放送用中継回線として全国に張り巡らされ今日まで運用されてきました。
 このパラボラアンテナは昭和31年(1956年)から当時の広島統制無線中継所(己斐局)で使用されたイギリスのSTC社製のもので10年間使用した後、国産のアンテナに更改されたのを機に記念碑として己斐局の麓に設置され、その後の昭和59年(1984年)の広島統制無線中継所の無人化とともに山上に移設されたものです。
 アンテナに記載された碑文は昭和41年(1966年)記念碑として設置された当時のもので37年の歳月を経過しています。
 2003年はテレビ放送が始まって50年目の節目にあたり、この時期にテレビ放送用中継回線は光ケーブルにその役目を受け継ぐことになります。このため己斐の山上局も間もなくその役目を終えることになり再度アンテナ記念碑をこの地に移すものです。
定礎 平成15年9月30日
施主 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ中国
竣工 ドコモエンジニアリング中国株式会社





参考:NTT己斐無線中継所(旧・広島統制無線中継所) |広島市西区己斐上











NTTドコモエンジアリング中国ビル 広島県広島市西区商工センター



ドコモ広島商工ビルの東隣にありました。




        



撮影:H23.05 / 更新H23.05.28

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